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いのちの山河〜日本の青空U〜 「日本の青空U」製作委員会
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劇映画 いのちの山河〜日本の青空U〜 応援メッセージ
■応援メッセージ
私達は映画「いのちの山河〜日本の青空U〜」の製作を応援します!
■「深澤晟雄の願いを想う」/西和賀町長 高橋繁
深澤晟雄が願い続けたものは、何であったのでしょうか。
豪雪の中に自動車を運行させたことも、乳児死亡ゼロの達成も、老人医療費の無料化も事実であり、輝かしい業績であります。しかし、これらの事実は深澤晟雄の願いの目に見える一部でしかなかったのではないかという思いが募るばかりです。今、分権社会が進行している時代です。生活にかかわるものは地方にまかせるという方向に国も県も変ってきています。国から地方へ、県から市町村へと権限の移譲が行われています。行きつく先は国家政府と地方政府の対等の関係樹立です。私には深澤晟雄は早くからこのように時代が流れることを予感していたのではないかと思われてなりません。情実が先行しては、真の自治は成立しないことを見通していたに違いありません。生命に結びつく保健婦さんたちの活動、婦人会や青年会を組織し、強化を促したことも「主権在民」の本来の姿を確立するためであったように思われます。村民の精神的自立と独立独歩の生活者としての誇りこそ、最後まで念じた願いであったのではと思う日々です。
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■品川正治/経済同友会終身幹事
さきの劇映画「日本の青空」では平和国家・福祉国家・文化国家こそが戦後日本の生きる道であると明記し、国民主権こそがそれを根本から支えるとの日本国憲法の真髄を憲法制定の過程を追って明らかにしました。日本国憲法の誇りを訴えたのです。「日本の青空U」は、この憲法の理念を実現するために闘った人たちの姿を東北地方の寒村を実際に取材し、その人たちのおかれた様々な障害、数多くの矛盾と悩みを、特に憲法第25条「生きる権利」を中心に描いてまいります。アメリカ追随の市場原理主義は第25条を無視して次々と「人間の権利」を奪っております。山村にも生きる権利があるのです。老人にも赤ん坊にも生きる権利があるのです。労働者は資本家のモノではありません。
人間のいのち「生きる権利」を困難にもめげず闘い取った人たちを描くことによって日本国憲法の9条と25条の響きあいを確かめたいとこの映画の製作に努力されているメンバーに、心から激励のことばをおくり、ひとりでも多くの人に観ていただき、心に訴えることを念じております。これが戦地で生き残ったもののひとりとして私の切なる願いであり、責任でもあります。
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■伊藤 真/弁護士・伊藤塾塾長
憲法前文に「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」とあります。これは生存権、貧困との闘いは平和的生存権の闘いでもあることを示しています。
福祉を削って軍事費を増強するなど、貧困(25条)と軍事(9条)の問題は常に表裏の関係にありました。これらの根底にある13条の「個人の尊重」、そして9条と25条の深い関連性を理解するためにも多くの方にこの映画を鑑賞していただけることを願っています。
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■湯浅 誠/反貧困ネットワーク事務局長
貧困と格差が広がる中、自衛隊が就職先としての「魅力」を増しています。今日明日の暮らしが成り立たないホームレス状態にある人たちやネットカフェ難民、それに「派遣切り」の被害者たちは、一番政治に変わって欲しいと願っている人たちなのに、そのことを十分に考える時間的・精神的ゆとりを持ちにくい状態に追い込まれています。住居を追われ、選挙権を行使できない人たちさえいる。貧困が広がれば、政治はますます一握りの人たちだけの舞台になっていきます。こうやって憲法25条の生存権が掘り崩されていく社会は、同時に9条をも危うくしていきます。誰もが人間らしく生きられる社会は、生存権が保障されているだけでなく、戦争に対する抵抗力も強い社会です。そうした社会の実現のため、”映画の力”にぜひとも期待したいです。
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■伊藤博義/宮城県社会保障推進協議会会長
この映画の舞台・沢内村が、全国に知られるようになったのは、同村が1960年に65歳以上の高齢者の医療費窓口負担をゼロにし、翌年には60歳以上と乳児にも広げ、その結果、全国で初めて「乳児死亡率ゼロ」の記録を達成し、「自分たちで生命を守った村」として一躍有名になったのです。どうしてそんなことができたのか、それほど財政的に恵まれた村だったのか?いや、そうではありません。当時沢内村は、「陸の孤島」となる豪雪地帯で、多病多死、住民所得は県内最低の僻地でした。その村に1957年村長となった深澤晟雄さんは、「人間尊重、生命尊重こそが政治の基本である」「本来国民の生命を守るのは国の責任です。しかし、国がやらないのなら私がやりましょう。国は後からついてきますよ」と、医療費無料化を実施したのです。これに対して、国や県から国民健康保険法違反として是正を求められましたが、「『健康で文化的な最低限度の生活を営む権利』を保障した憲法25条には違反していません」と言って、怯みませんでした。沢内村の医療費無料行政は、2005年の合併で西和賀町になるまで続きましたが、合併後も65歳以上の窓口負担は通院で月額1500円、入院は5000円を限度とし、それ以上は町が負担する、住民税非課税世帯は無料を実施しています。今もなお、脈々と「生命行政」は受け継がれているのです。
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